IDEO/人間中心ワークショップHuman Centered Design Process/227583

■Human Centered Design Process

東京大学が最近始めた、イノベーションの学校"i.school"に参加してきました。第一回「人間中心ワークショップ」は、世界最高のデザイン・コンサルティング・ファームであるIDEOとの共催。IDEOの他、博報堂イノベーションラボ・大阪ガス行動観察研究所、味の素、シスコ、早川書房の方々の協力のもと、世にも贅沢なワークショップでした。

IDEOとは、The Art of Innovation/The Ten faces of Innovationなどの書籍(早川書房)

で知られる、デザインファームであり、Appleの最初のマウスのデザインや、最近ではBank of Americaの金融サービス設計を【人間を中心に】行っており、その方法論を、"Human Centered Design"と名付けています。

今回はそのプロセスを、Toward better communication between working mothers and their children at home(家庭における働く母親と子どものより良いコミュニケーションに向けて)という、些か漠としたテーマを基に、有給を取って(!)教えに来てくれたIDEOの方の直接の指導のもと、一通り体験する事ができました。今回は、そのプロセス順に、実践を通してお話します。

目次

◆i.school and IDEO/東京大学ischoolとIDEO
◆Human Centered Design/人間中心設計
◆Observe & Understand/理解と観察
◇Interview Technique
実践〜一日目/二日目〜

◆Synthesis/意味を付与する
◇Download and share stories/共有
◇Insights/洞察
◇Themes/テーマ
◇Opprtunity Areas & HMWs
・Opportunity Areas/機会はここに
・HMWs: How might we.../我々はいかにして...
実践〜三日目〜

◆Brainstorm & Prototype/ブレストとプロトタイピング
◇Ideas/アイディア
◇Concept Prototypings/コンセプトをカタチにする
◇Expression & Visualization
実践〜四日目〜

◆Final Presentation
実践〜五日目〜

  • Human Centered Design/人間中心設計

まず、Human Centered Designとは、世界を良くする新しい解決策を産み出すための、プロセスとテクニックのことです。解決策とは、プロダクト、サービス、環境、組織、インタラクションなどのことです。

このプロセスが「人間中心」と呼ばれるのは、まず「人から」スタートするからです。まず、解決策によって影響を与えたいと思う人々のニーズから、夢から、行動からスタートするからです。人々の声と行動に耳を傾け、「人々の望みのレンズ」を内に形成し、そしてプロセスの全てで、このレンズを通して世界を眺めます。

それによって、真に人々が欲しいと思う、真に人々に役に立つ、そんなモノやサービスを作ることができる、というのです。

はじめプロセスを俯瞰すると、プロセスはこのようなObserve & Understand/Synthesis/Brainstorm & Prototypeという3つのステップからできています。

  • Observe & Understand/理解と観察

ここで行う観察は、主に「定性的」な情報を集めるための観察です。定量的なデータとして人々を扱うのではなく、一人の人として顧客にコミットする。そのために、先入観を排し、気持ちと行動を聞いていきます。

また、多くの顧客の「今」に注目し、一般的な顧客に迫るのがマーケティングリサーチだとすれば、特殊(Extreme)な顧客の「未来」にフォーカスするのが、IDEO流の定性インタビューです。

    • Interview Technique

インタビューには幾つかテクニックがあり、中でも大切なのが以下の3つ

Open-Ended Question:Yes/Noで答えられない質問をする
Five whys' / 何故?と掘り下げて聞く
Show me, Draw it / みせて貰う、やって見せてもらう、書いて貰う

    • 実践〜一日目/二日目〜
      • 準備

以上の実践のため、一日目は、「まずインタビュー先に撮っておいてもらったビデオを見て、気になる事を書き出す」→「インタビューの項目作り」を。

インタビューで「これを聞こう」という決定リストではなく、大まかな「構造」を作るためのリスト。例えば「夫について聞こう」とか、「家自体について聞こう」とか「周りの友達やコミュニティについて聞こう」とか。あくまでも大枠を固める事が目標です。

注意しなくてはならないのが、このインタビューが、仮説検証型の情報収集ではなく、むしろ仮説を出すための、インタビュー対象となる人、問題を解決し貢献したいと思う人、その気持ちや行動に迫り、「自分の中に、その人を作る」事が一つのゴールである、と言うところです。
cf:リクルート「創刊男」の大ヒット発想術

      • インタビュー

保育園と、働くお母さんのご家庭へ訪問。保育園では、ゼロ歳児の公園遊びを見たり、保育園の中の施設を見たり、園長先生にインタビューをしたり。大変そうな中の、意外なシステマティック性や、各所に凝らされた工夫を目の当たりにする。園長先生のインタビューでは、中々核心には迫れず、「用意された外向きの回答」のようなものに始終してしまいました。

午後はグループ7人を2班にわけて、僕らは4人で働くお母さんの自宅へ訪問。こちらはお仕事の話から入り、生活時間帯や、コミュニティ、家庭の話と話を聞いていく。他の友達のお母さんとどんな話をするのか、子供とどんな話をするのか、どんな時にうれしいのか、そんな話を聞いていきました。

  • Synthesis/意味を付与する

第二ステップSynthesis(統合)とは、観察から得られた情報から、意味を見出すプロセスです。

Synthesis is about making sense of what we've seen and heard during the observations. Synthesis takes us from inspiration to ideas from stories to strategic directions. By aggregating, editing, and condensing what we've learned, synthesis enables us to establish a new perspective and identify opportinities for innovation.

意味を付与するというのは、集めた情報の内に、パターンや関係性を見出すことです。では、どうやって?それは、集めた情報を共有(download)した上で、本質的なインサイト(洞察)を見出し、取り組むべきテーマを見つけ、機会領域を見出すという順序で行われます。

    • Download and share stories/共有

インサイト/洞察を出す前に、まずは情報の共有をします。
「ダウンロード」とも呼ばれるこの共有のプロセスを見た、得たものを「半生」で記述することによって、チームメンバーの前提を揃えます。

たとえば、幼稚園の見学だと、「保護者に心配をかけない対応がマスト」「親同士の揉め事は怖い」「オムツ替え、システマティック」「子供は仕事を手伝えてうれしい」こんな感じです。言葉だけではなく、絵や図も交えて、Post-itに貼っていきました。

    • Insights/洞察

上記で共有した情報から、鍵となる洞察を見出します。Insightとは、洞察のことですが、私たちは共有した情報・ストーリーを、うまくカテゴライズし、ラベルを貼ることによって行いました。

見つけたインサイトは、例えば幼稚園であれば、

泣くと一対一でケア。それ以外はたくさん。
子供が言葉が分からなくても、ずっと子供に話しかけている。
●●ちゃんこのおもちゃ大好きなんだよねー、と保母さん同士が話している
インタビューにて、0歳児は保母さん1人で3人まで見れる決まりだが、本当は無理。

といったような幾つかの事実から、「一人一人へのふれあいを大切にしたが、できない(のでは?)」といったインサイトを。

例えば働くお母さんであれば

「ずっと一緒に居たい。保育園には預けたくない」
「ご飯は子供中心の味になっちゃうから、たまに大人の味が欲しい」
「机を大人の食事用と子供の食事用で分けている」

といったような幾つかの事実から「自分中心で育児を回したい(のでは?)」というインサイトを。

    • Themes/テーマ

さらに練り直し、グルーピングし直し、全く別グループの思考なども参考にし、テーマを見つけます。いわばインサイトの似たものや矛盾するものをさらに昇華する作業です。ここで、保育園と働くお母さんのインタビューを「混ぜ」ていきます。保育園と家庭という、異なった場所でのインサイトで似ているモノ、似ていないモノにフォーカスし、グルーピングをしていきます。


    • Opprtunity Areas & HMWs

次に、「Opportunity Areas (機会領域)」の設定です。機会領域とは、解決案を出すためのピボットであり、様々な解決策を産み出すための、「問い」のことです。

      • HMWs: How might we.../我々はいかにして...を解決するか。

その機会領域は、「How might we.../我々はいかにして...を解決するか。」という質問を作ることで定義できます。

例えば、私たちが注目したのは
「いかにして、子供も大人も楽しめて、家事も進むようなお手伝いができるようになるには?」「いかにして、ママの一日の時空間の動線の中に、気軽に立ち寄れて気の合う仲間と会えるには?」「いかにして、同時空間で大人は大人、子供は子供で楽しむか?」このような、【機会領域】を見出していきます。

そして、幾度かの迷走の後、私たちが最後にフォーカスしたのは、「我々はいかにして、目の届くが、手の掛からない、適度な距離感のデザインを行うか」という問いでした。

  • Brainstorm & Prototype/ブレストとプロトタイピング

ブレインストーミングとは、技術的、組織的、運用的な、全ての制約を排し、思考の枠を拡げ、多くのアイディアを作り出すプロセスです。
良いブレストのためには、一時には一人が喋り、アイディアの善し悪しの評価をやめ(褒めるのもダメ)、Wild(狂った、とでも訳しましょうか)なアイディアを歓迎し、チームメイトのアイディアに乗っかり、そうでいながらトピックには集中し続け、ヴィジュアルに、数をたくさん出す事を目指しながらやると上手くいくそうです。

    • Ideas/アイディア




私たちは、「いかにして、子供も大人も楽しめて、家事も進むようなお手伝いができるようになるには?」「いかにして、ママの一日の時空間の動線の中に、気軽に立ち寄れて気の合う仲間と会えるには?」「いかにして、同時空間で大人は大人、子供は子供で楽しむか?」という、先ほど見出した【機会領域】に則り、3つの「解決策」に関するブレストを行いました。各々20分程度で、多くのアイディアが出てきました。
そのアイディアをカテゴライズし、名前をつけた上で、そのアイディアを「投票」し、解決すべき問題とその解決策を決めました。
「ママッター(ママ+Twitterでママ同士の情報共有サイトを)」「セッペン(石けん+ペンで子供の風呂遊びがお手伝いになる)」「DoCook(子供でもできるお料理キット。振ればできるとか、踏めばできるとか)」のような、多くのアイディアの中から、「パークライフバランス(お母さんと子供のWork life BalanceをなんとかするPark/公園)」を選びました。

    • Concept Prototypings/コンセプトをカタチにする。

次に、プロトタイピングです。
プロトタイピングとは、アイディアを簡単に目に見える形にしてしまい、他の人々とアイディアについて話ができる形にすることです。ラフに、素早く、作ってしまいましょう。
解決策のプロトタイプを作ると、考えていた解決策について、より深く理解する事ができます。

また、プロトタイプは何も、モノを作る事に限らず、僕らの場合では、実際に大学の公園に行ったり、カフェに行ったりして、「母と子の演技」を行うことで、「単なる公園では、お母さん仕事に集中できないよね」とか、「遊んでくれるお兄さん居るといいかも」といった気づきを得ていきました。

そうこうするうちに、幾つか疑問がわいてきます。それは「これって、本当に母子のコミュニケーション促進になるの?」という問い、そして、前提であった、【家庭における働く母親と子どものより良いコミュニケーションに向けて】というテーマへの、「より良い」コミュニケーションを行ったとして、だから何だというのだろう。「より良い」コミュニケーションとは、なんのことだろう。「より良い」コミュニケーションは、何のために行うのだろう。という疑いです。

そういった疑いを経て、私たちが提供したいと思ったのは、以下のようなことでした。

コミュニケーションが量×質だとすれば、なによりまずその質が大切。
その質をなんとかしたい。質の低下はお母さんのストレスから生まれる。
ストレスは以下の2点から:
「フリーになろうと思ったら、保育所か誰かに預けきるしかない」
「ずっと子供と一緒にいたいが、家で一緒に居ると手が掛かりすぎる」

だから、第三の選択肢「目の届く距離で、手の掛からない何か」を提供したい。

    • Expression & Visualization

そんな思いで、最後の最後に生まれたのは、
「我々はいかにして、目の届くが、手の掛からない、適度な距離感のデザインを行うか」という再定義された機会領域に対する、「ライフパークカフェ」のアイディアでした。

要は、スターバックスのようなカフェのある公園で、公園には、なだらかな傾斜がつき、傾斜の上の方に、お母さんたちが歓談するカフェがあって、カフェだから、仕事も読書もできて、お母さんたちが見える範囲の、傾斜の下の方では子供たちが遊んでいる。

子供たちを惹きつけるのは、遊びのプロとしてカフェに雇われた、店員さん。
この店員さんこそが、このカフェが提供する新しいサービス・差別化要因。


私たちはこのライフパークカフェのアイディアを演劇という手段で「カタチに」することで、最終プレゼンへと臨みます。

  • Final Presentation/プレゼン

さあ、そんなプレゼンテーションのはじまりはじまり。

はじめは、インタビューした、2人の対照的なお母さんの話から。こんなことに困っているとか、こんなことが欲しいとか。こんな風に工夫をしているお母さんと、こんな風に言っているお母さん。

そして

何より、「単にお母さんと子供が接する時間を増やせばいいんじゃないんだよ」ということを。問われるべきは、そのコミュニケーションの質なのだと。

それを解決できるのは、およそこんなカフェと公園の一体になったもので、

それを母子がどう使うのか、それは:

    • 寸劇

在宅ワーク中のイライラした母親が、かまって欲しそうな子供を叱りつけるところからスタート。
子供が泣き出して、お母さんは途方に暮れる。
「そうだ、ライフパークカフェ、行こう」

公園に連れて行って、お母さんはカフェに。
先に公園カフェに居て、仕事をしているお母さんと少し話し、
子供を、遊んでくれる店員さんのもとに送る。

「ちょっとメールだけしちゃうから、待ってて」
先にいたお母さんが仕事を終え、パソコンを閉じる。

お母さんは、子供の悩みを話したり、子供について考えたり。
そして、時たま子供の方を見やる。

子供たちは、店員さんと楽しく遊んでいる。
今回のテーマは手品。


それを見ながら、お母さんたちは
「いつものいきましょうか」
「ええ、そうしましょう」
「すいませーん、ビール2本!」

昼から、ビールを飲み始めるお母さんたち。
そんなのアリ?いいんです。

お母さんたちのストレスの源のひとつは、「規範意識」
母親かくあるべしを、夫から、舅・姑から、両親から、世間から押しつけられて、
いつしか子育てが「使命」になってしまう。

たぶん、きっと、使命のない会社はダメになってしまうけれど、
使命感の子育ても、子供は窮屈なのだ、と思う。


ビールを飲み終えて、歓談を終えて、家に帰る母子。


「今日はどんなことして、遊んでもらってたの?」
「てじな!」
「店員のおにいちゃんが何かやってたよね。どんな手品?」
「びすけっと、でてくるの!」


コンテキストを、共有しているからの、会話もできてしまう。


    • そして、まとめへ。

寸劇は、いかがでしたか?
始め、家庭で働くお母さんは、仕事が終わらずイライラしていました。子供は同じ場所にいましたが、決して良い関係ではありませんでした。

つまり、よいコミュニケーションが、量×質で決まるとすれば、もし質が悪ければ、単にコミュニケーションの時間や機会や手段を増やしても、仕方がないのです。

このコミュニケーションの質を担保するために私たちがインタビューから見出したインサイトは、「目の届くが、手の掛からない、適度な距離感のデザインが大切だ」ということです。

適切な距離感とは、子供と文脈を共有はできるが、お母さんはお母さんで悩みを相談したり、仕事を進めたりできる距離感です。そんな距離感を持つ、空間とサービスをデザインする必要があります。

空間/サービスデザインのひとつとして提案しましたのは、「ライフパークカフェ」という、お母さんたちは飲み物を楽しみながら、仕事をしたり、お母さんが会話をしたりしている間、目の届くところで、子供たちは店員さんと遊んでいる。そんな、緩いつながりのある、カフェつき公園です。

これらを通して、お母さんは子供の遊びと文脈を共有しながら、ストレス解消ができ、その後の会話の質がアップする「空・間」を作るサービスです。

今、家庭で働くお母さんは、
・子供を預けきると、その間全くコミュニケーションの量が取れない
・子供と家で一緒に居ると子供に掛かりすぎになり、コミュニケーションの質が下がる
という、量と質の0/100に困っています。

私たちが提案したいのは、第三の選択肢です。是非、第三の選択肢「ライフパークカフェ」をi.schoolから日本中に届けませんか?

こんな提案を、最後にはした。

評価も非常によく、味の素の常務の方や、大阪ガス行動研究所の方や、博報堂の方々、IDEOの方々から、

「すぐビジネスにしたいくらいですね」
「インタビュー対象者も、端と端のように思う。端と端が満足するプランなら、真ん中の人はもっと満足できる」
「発表自体もinnovative」
「もちろんやるとなるとハードルはたくさんあるが現実的に考えてもらえた」
「安直に技術に頼らなかったのが良い」
「距離感という言葉が、普通は出てこない。すばらしい。」
「お母さんの価値観について、一番深いところまで踏み込めたのではないか」

こんな、フィードバックを頂いた。

チーム名は、Let's ART。
Let's ARTの7人で作り上げた、この案をとても気に入っている。

IDEOのワークショップに参加した5日間、とても、有意義な5日間だった。

 

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