最近の思考メモ/183434

最近、意識しているのは、

「自分主体の学び」ということだ。


教材や、先生や、友人や、外部環境のせいにせず、
それこそ女性誌だろうが、少女漫画だろうが、自分の教師になりうるものを見付け、そこから何かを学びとる。



そのためには、おそらく「良い問い」というものが必要なのだ。

問題を発見すること。正しく問いなおすこと。大事なことを問うこと。本質的でない問いを無視すること。


解決法や、解決のためのアプローチは、もちろん大切だが、それよりも、正しく問いを立てるほうが、何倍も重要で、かつ難しく、その実りは大きい。



それが、自分にとって正しい問いであるためには、自分を知らなければいけない。
しかし、自分を知ることはそう容易くはない。
自分を探すよりは、自分を決めてしまった方がいい。
たった一つの自分なんてないかもしれず、それに人なんて変わりやすいものだ。

たぶんこれだ、と、信憑性のある仮説をたてて、そういう自分を構築する。

だからぼくは、ほんとうのじぶん、なんてものは良く分からないが、

「強みはモデル化(抽象化・対象からの問題抽出)とプロセスデザイン(具体化・実行支援)です」
といった事を言い続ける。
言い続ける強みが抽象的なところに、未だ「アオイトリ症候群」の匂いもするが、
それはたぶん、「自分を決めきれない」という甘え、あるいは学者的な「普遍性への渇望」のようなものがあるのだろう。

そういった事を考えている。


それと同時に
「プロセスデザイン」をもう一歩すすめられないか、と考えている。

具体的には、テキストなどの教材を創ったときの、実行率をあげたい。
すぐれた書籍は多いが、それが人をなにかに駆り立て、ある程度長期的なトレーニングというべきものに誘う本は少ない。

しかし、そういった文章がかけるようにならなければ、
プロセス化した、「スキル」を誰かに身につけて貰うのは厳しい。


たくさんのメリットを述べたてて煽る、というのは短期的にしか使えないように見える。

むしろ、
「面白そうかも」
「やってみてもいいかも」
といった、
読み手が自分自身に許可を与えられるようなアプローチで、なにかできないか、と思索している。