高校という出会いの場/120085

 一昨日は中高のOB会に。
 昼間の一次会(勉強会)と、夕方からの二次会(懇親会)があったのですが、予定が入ってしまっていたので、一次会+二次会10分だけ参加。

 高校のOBで、ワクワク経済研究所代表をやっている保田さんと、現在防衛大学校長の五百旗頭(イオキベ)さんのお話を聞く。

 保田さんの話は、現在のネットを介したクチコミマーケティングについてのお話。AISCEAS:Attention, Interest, Search, Compare, Examine, Action, Share;というサイクルを経て、ユーザーは購買に繋がる。

 また、売れる商品とは、商品設計と顧客対応の両方をきちんとやっている商品。

 商品設計での成功例は「ガリガリくん」。別に50円の当たり棒がでようがそんなトクではないはずだけど、当たればうれしいので、あたった人がブログに書いてくれたりする。

 顧客対応力という観点では、Panasonicの石油ストーブ。既に買っていた広告枠をすべて、謝罪・回収CMに切り替えた。その真摯な企業姿勢に、ファンが増え、広告も流していないテレビなどの販売台数がむしろ増えた。

 後半の五百旗頭さんのお話のテーマは「日本の進むべき道」
「防衛大校長の辞任を要求する!」などと電話を掛けてきたヤツと、事務官の電話対応が、毎朝打ち出されて報告として届くそうなのだが、

アホ「石頭のお前じゃ話にならん!校長を出せ!」
事務官「わたくしも、命を懸けております。」
アホ「(・・・絶句。)」

 のような、ちょっと世離れしたような対応があって、非常に面白かった、なんていう雑談や、「私が政治学者で、どんな賞をとって、という事は防衛大の学生達はあまり興味が無いけれども、私が六甲高校時代に、強歩会で60km走るのに、三年連続優勝であったというと学生がどよめいた。」といったお話から始まり、流石「戦後日本外交史」という本を出しただけはある、と思えるような「歴史」のお話をして下さった。

・近代西洋文明の勃興から、「日本」という例外が生まれた。
・敗戦後、吉田茂は「安全と繁栄」を掲げ、共産陣営ではなく、西側の、市場経済陣営に就くのだ、と強硬に主張し、日米安保を結んだ。当時の「知識人」の中にはソ連に就くべきだと主張したものも多かったが、現在の日本の繁栄はこの吉田の強引とも言える判断が正解であった事を示す。
・1964年。戦後日本初の「核武装論」が出てくる。1960年にフランスが核兵器を持ち、1964年に中国が持った為だ。当時の首相、佐藤栄作は日米首脳会談に先立って、日本も核を持ちたいという意思を駐日アメリカ大使に伝えた。アメリカは世界秩序をどうするか、という観点から、日本は持つなと言った。栄作の心配事は、核を持たねば「一流国」から疎外されるのではないか、という事であった。その不安を払拭する為、1965年1月、日本の首相からの公的な要求に応え、沖縄の返還を約束する。また、アメリカは、日本が通常兵器のみならず、核兵器で攻撃を受けた時も必ず守ると言明した。日本は核兵器を持たない方針となり。その後NPTへ参加する。

・このように、日本の首相からの公的な要求には、アメリカ政府は殆どのケースで肯定的に応えている。日本はアメリカの顔色ばかり伺っている、というのは、こういった日本の「本気の要求」に、できるだけ真摯に応えてきたアメリカ政府については見えていない、一面的な見方に過ぎない。

・また、アメリカは「守る」と言えば、本気で(いささかムキになって)守る国である。その好例が朝鮮戦争に介入した事で、アメリカという国は、単純に言えば正義感と嫉妬心で動いている。

・1970年、石油が欠乏した。日本は持ち前の勤勉さから技術革新を行い、世界一のモノづくり国家へと発展を遂げた。

・1974年、田中角栄の歴訪に対し、東南アジアで反日暴動が起きる。

・1977年、フクダドクトリン:「軍事大国とならず東南アジアひいては世界の平和と繁栄に貢献。心と心の触れあう信頼関係の構築。
ASEANの連帯と強靱性強化に協力し、インドシナ諸国との相互理解の醸成により東南アジア全域の平和と繁栄に寄与」東南アジアへのODAだけではなく、ODAがつぎ込まれた:日本政府が保証した。という事で、日本企業が直接投資に出向く事となる。

・1997、AMFX(→アメリカ・中国の反対に遭い、潰れる)。宮沢喜一首相。東南アジアの国々から、日本は信頼性の高いビジネスを教えてくれたと評価される。

・1998年、金大中来訪。日本側は小渕首相。韓国と和解する。和解の理由は、日本の「平和的発展」「民主化」「アジアの国々への援助」であった。

・中国とは未だ和解を果たせて居ない。

・日本、中国、米国がOKを出さねば、アジア近辺での「決めごと」は実効性を持たない。

・中国とは同盟は不可能だが、協力は可能だ。中国は非常にエネルギー効率が悪いが、日本は非常に効率が良く、これは一つのカードになる。

・150年の断絶を経て、中国はまた、アジアの中心になろうとしているが、問題も多い。その一つが異常な格差である。日本が昔、経済的な大躍進を遂げながら、格差が少なかった(現在、世界一格差の少ない国である)のは「累進課税」「春闘方式」「自民党が農村基盤」であった事に依る。

というようなお話が聴け、大変面白かった。また来年も行きたいなあ。

そして、そのあとは、劇団四季「ジーザスクライスト・スーパースター」を見てきた。こちらの感想はまた後日。