越境。あるいはわかりあえなくてもよいということ。

それはありがたいことに、レアな立ち位置に、居ることができているなあ、と、なんとなく思っている。ラベルを貼っていくと、若手起業家だし、大学院中退だし、IT・WEB系だし、ベンチャーだし。と、自分というものがクラスタリングされていく。けれど、クラスタを超えて関係を紡ぐということを、大切にしていきたいと思っている。

 

  • 世代間抗争

経験者と、知見を持っている人と、自分達よりも優れた人と、お師匠様と、一緒に働く。教えてもらう。こういう機会が結構ある。人生を通して出会った素敵な大人たちから、たくさんの素敵な贈り物を貰っている。

「若手起業家」という括りでいくと、僕達ワカモノが世界を変えるんです、という事で年輩の方を変えてやろうとしたり、居心地の良い同年代だけで何かをやろうとしたりする。傾向がある。そうではなく年上の方と、年下の方と一緒にやっていく。意見をもらう。教えて頂く。世代間を分けるのではなく繋ぐことで、自分たちの年代だけでは成し得なかった事ができるようになる。

最近、最年少上場を決めたリブセンスが、社長以下マネジメントクラスを、経験豊富なベテランで固めている組織図を見て、さすがだな~と思ったりした。僕らも経験豊富なひとたちと一緒にプロジェクトをやって、多くのことを教えていただきながら、年下ならではの、自分ならではの、貢献ができるといいなと思う。

一緒にプロジェクトをやっているわけではないけれど、還暦少年団にまた、遊びにいこうっと。

 

  • コンサル・金融・投資家

ありがたい事に、McK、BCG、GSなど、コンサルとか金融が主体の小規模でクローズドな会合・ホームパーティに、ちょくちょく呼んでもらえたりする。 ベンチャーのひとや、起業家は、コンサル嫌いだったりする傾向にあるので、こういう会合には結構居ない。 コンサルが、金融が虚業だと言う人だって、別に世界を変える仕事やひとりを感動させる仕事をしているわけではなかったりする。コンサルティング、いいじゃないですか。 

投資家のかたと、一緒に仕事をする機会を頂くこともある。それも、僕らの会社は僕らへの投資も、資金調達も、必要としていないのにも関わらず。事業の大枠を作り、会社を集め、資金を突っ込み、新事業をスタートさせるというその馬力を目の当たりにする。

 

大学院は辞めたけれど、大学でお世話になった先生がたには、まだまだお世話になり続けている。僕はどちらかというとワーカホリックの側だと思うけれど、賢いニートも好き。大企業や大企業のTOPの方々と、つてあってお話を伺えたりするのも僥倖。

まだなにものでもない僕らは、なにものかになったひとや、なにものかであることに安住している人に、時に嫉妬を抱いたりする。だから「起業家クラスタ」は時に大企業の無能無策を言ったりするけれど、まあ、公平に見れば、大企業はほんとうに凄い。まず、あれだけの人を雇えるということが凄い。スターに頼らない仕組みが凄い。学ぶべきことはたくさんある。

 
  • 違うことを楽しもう

わかりあえなくてもいい。わかりあえない、ということがわかりあえていればいい。どちらかが正しくなくていい。意見が違っていい。同意できなくてもいい。違う人生を歩んできた。だから、相手と違っていてもいいところの、自分の意見と想いを述べられる。自分の人生の上での実感値を持ってしか、自分は想いを込めてメッセージを放てない。

分け隔てなく接するということではない。「わたしとあなた」を分けているもの・隔てているものが面白い。あなたのやっていることに、興味は無くても、それをやっているあなたに興味はある。

それはきっと、人生の物語としての面白さ。

 

  •  僕が接しない相手

とはいえ、とはいっても僕は。誰にでも心を開いてニコニコ、みたいな感じではない。むしろこんなカテゴリを越えた所に、強烈な好き嫌いがあるのだと思う。自分にとって面白いか、面白く無いか。居心地が良いか、居心地がよくないか。そこに自然と拘っている感じがする。

たぶん「『わかりあえないことがわかりあえれば、それでいい』と、いうことを、完全にわかりあえない」ひととはダメなんだと思う。人を説得し、変えなくては気が済まないひととは。メタだなー。

「意志の不在」も気に入らないんだと思う。正解を外部に委ねるのではなく、自分のモノサシでもって、自分の社会や世間との違いを、楽しめる人がいい。

 

いったいぼくはどこに、居ないのだろう。