アイとイーとパイのお話/94414

はじめに
たまには、簡単な数学の話をしてみようと思う。数学科の人なんかには当たり前過ぎて、眠たいかもしれない。いや、むしろ、細かいところはガンガンさっぴいているので、よかったら厳密な事をコメントしてくれたりするといいかもしれない。この文章はオイラーの等式という、有名で、とても綺麗な関係に関する文章なのだけれど、それを探索する過程で触れられる、出来るだけ色んな話題に飛ぶようにした。

1: Introduction

昔々、オイラーさんという数学者が居た。オイラーの等式と呼ばれる彼の発見した等式は、e^iπ = −1 というもの。小説「博士の愛した数式」に出てくるような、非常に有名な数式で、「人類の至宝」なんて呼び名で呼ばれる事もあるこの数式は、整数の− 1 と、円周率のπ、そして、虚数i とネイピア数e の、魅惑のコラボレーションで構成されている。e^iπで、^は「乗」の意味。3^2とすれば3 × 3 の事で、4^3とすれば4 × 4 × 4 の事だ。つまり、この左辺は、e をiπ回かけたもの、となるわけだ。
回数なのに、整数じゃ無いなんて! iπ乗もよくわからないけれど、π乗、つまり、3.141592...乗って何よ?と思う人も居るかもしれない。でも、2^xのグラフを下のように書いてみたら、どうやら2^(3.14···)も存在するし、1/2乗は、根、すなわち、ルート(√ ) の事だ。

2: πについて

円周率π = 3.141592653589793…と続く数なのは結構有名だけれど、ここでは「角度」の意味で使われている。π = 180◦、2π = 360◦という「弧度法」による指定なのだけれど、この角度にπを使う「必然性」はどこから来るのだろうか?それは、「長さ」だ。例えば半径3 で角度が60 度の円弧の長さを求めてみよう。小学校で習ったように、2 × 半径× 3.14 で、まんまるの円周、360 度分が出るのだった。数値を入れると2 × 3 × 3.14...となる。

ところで、今、角度60◦の円弧を求めたいのだから、今の数値を、60◦/360◦= 1/6 倍しなくてはいけない。
したがって、2 × 3 × 3.14... × 1/6 = 3.14...となる。もしこれを弧度法、つまりπを使ってやるとどうなるだろうか?π = 180◦だったから、60◦ = π/3 となる。そして、実はこの弧度法を使う場合、半径をかけてやるだけで、長さが出る。半径×πを使った角度= 3×π/3 = π = 3.14...となって、さっきの結果と一致した。

このように、に、角度にπを用いるというのは、利点と必然性がある。e^iπに組み込んで− 1 を引き出す為に、人間が勝手にπを角度にしよう!と決めたわけではない事がわかる。ちなみに、弧度法で表わす角度を、[rad] と書き、ラジアンと言う事もある。

3 虚数i について

i というのは、もしかしたら初めて見たという人も居るかもしれないけれど、√−1の事だ。誰でも知っているように、√9 = ±3 だから、√Aというのは、自乗すると、つまり、自分自身と同じものをかけるとAになる数、という事ができる。i は、自乗したら、− 1 になる不思議な数なのだ。このi を「虚数単位」と呼ぶ。例えばマイナス2 を自乗すると4 になるし、「普通の数」を自乗するとプラスになるんだから、この虚数i というのは、「普通に暮らしてて見ることはできない数」だと言える。円周率なんかが、3.141592 以下延々と続く超越数なのに、日常生活で円を見るたびに「πに出会える」のとは大きな違いだ。もっとも、あらゆる所に、i は潜んでいるのではあるが。

ちなみに、虚数単位をi と書くのは、虚数の元となった英語imaginary :「想像上の」の頭文字i で、虚数の歴史は意外と古い。当初は「実際に有り得ないけど、まあ数学的に考える若い数学者さんも居るかもね」という程度の認識だったそうだけれど、今では、理学・工学・数学の、ありとあらゆる分野で用いられている。あなたの今持っているケータイも、PCも、複素数無しでは存在し得ない。

またまた余談だけれど、実数を横軸、虚数を縦軸にとった「平面」を、複素数平面と呼ぶ。ガウス平面と呼ばれる事もある。この平面には、虚数単位i を用いた、a + bi や、c + di といった「虚数」が乗る。下の図の偏角θと書いている所がその複素数の偏角だ。この複素数平面上で、偏角を一意に決めてあげようと思ったら、a + bi のように指定するか、(r, θ) のよう、長さと角度を指定してやるかの二通りが可能だ。そして、虚数同士の足し算や引き算、そして掛け算、割り算が可能で、その振る舞いが虚数平面上で楽しむ事ができる。虚数和算と差算は、ベクトルの和差算と同じ。虚数の掛け算は、絶対値を掛けて、偏角を足す· · · というものなのだけれど、ここではあまり触れない。そういうもんなんだ、と思ってくれるだけでいい。

4:ネイピア数e について

高校数学で、自然対数、常用対数というものを習った人も多いと思う。常用対数は「底」が10 だけれど、自然対数は「底」がe だ。ちなみにこのe は、最初に名前を挙げた数学者、オイラー(Leonhard Euler) さんの頭文字をとって、”e”になっている。
e = 2.718281828459045....として、あらわされる、やはり超越数の、小数点以下無限に続く数だ。超越数というのは、無理数、つまり、分数で表わせない数の、さらにバケモノみたいなものだ。神の無理数と呼んでもいいかもしれない。

このeの何が素敵なのかって、e^xという関数を定めると、その関数は、何回微分したって、e^xになるって所だ。微分というのは、要は接線の傾きを求める作業だ。接線とは、何か丸みを帯びたものに、まっすぐな定規を当てると、その線が接線だ。図のように、接線の引けない(= 定規をいかようにでも当てられる) ような尖った箇所では、微分ができない。「微分不可能」だという。

e というのは、不思議なブラックボックスではなく、πや、1 や2 や3 と同じ、2 と3 の間の絶妙な実数、というだけなのに、それはそれは絶妙なバランスを保った数で、何度微分しても、何度傾きを求めても、同じ関数になるという事だ。
ところで、傾きというのは、x が1 進む間に、y が幾つ進むか、というので定義されている。e^xという関数を微分した地点で、「同じもの」になるという事は、接線を延ばしてx 軸に当たったところと、その微分した地点の「足」との距離が、常に1 になるという事がわかる。もちろん、2^xでも、3^xでも、π^xでも、こんなことは起こらない。

そして、この、ネイピア数e というのは、自然科学のありとあらゆる場所でその姿を見ることができる。長い糸を一本用意して欲しい。ピン!と張った状態から、軽く糸を撓ませる。すると、その糸が描く曲線は、懸垂線(カテナリー) と呼ばれる曲線になり、その式は、

で表わされる。
もちろん、電線の敷設なんかをする場合には、どのくらいの長さが必要か、電柱間の距離をどのくらいにするか、という事を、こういった数学を用いて計算する。

また、このカテナリーを、x = 0 の直線を中心に回転してやると、下図のような形状になる。



この形状は、シャボン玉を作るプラスチックを二枚重ねてシャボン液につけて、二枚を開いた時に、シャボン膜がつくる形

状だ。


 



要するに、シャボン玉が普通の状態であれば球が一番安定した形状なのと同様、二つの円を介してシャボン膜が張ら

れる為には、この形状が一番安定という事になる。もし、最短距離であれば円柱形状になるはずだから、最短距離をとるよりも、この形状の方が安定、という事になる。

さらに、このカテナリーを回転させた立体を、鋏で切って伸ばしてやる。


 



この形状には、もう一つの安定点があるのだ。そこで、カテナリーの回転体に似た形状を持つ実際の物質、

ヤクルトの容器で実験してみよう。



 




まず、ヤクルトを以下のように切り取ってやる。



 


切り取ってやって、捻りを入れてやると、以下のような感じで安定する。



 



この形状は、要は下の図で、「枠」と書かれたような形状を作り、シャボン液につけた時、シャボン膜が形成する形状となる。つまり、この形状が、シャボン膜や、同様に「この形状に貼られる膜」にとって、もっとも「安定」なのだ。



そして、これが、遺伝子の二重螺旋の構造なのだ。この「枠」のような形状をしているのは、この形状がフレキシブル(よく曲がるが折れにくい)
であり、その二重螺旋の中(=シャボン膜の位置) に「青写真」を格納しているのは、そこがこの形状において、もっとも負担が掛かりにくいからだ。


別の例では、減衰振動と呼ばれる、日常生活で普通に見られる振動だ。下図の左側は、前後によく動く、西部劇なんかでありそうな扉を開いてガンマンが出て行った後の、扉の振動を表す。現代風の、油圧やらなにやらでコントロールされた、ゆっくり閉まる扉なんかは下図 の右側のような振動をする。

世界というものは、基本的には「減衰」するように出来ているものだから、グラフというものは右下がりになる。そして、その下がり方は、大抵はこのネイピア数e が関係している。e^(-At)という形だ。A はその着目する運動や事象や種類によって変わる数で、t は時間だ。もう少し正確に言うと、世界は、放っておくとエネルギーが高いところから低いところへ(安定なところへ) そして、エントロピーと呼ばれる乱雑さが増大する方向へ向かっている。それは例えば、エネルギーで言うと、水が高いところから低きに流れるのもそうだし、
ケータイが手から離れ地面に落ちて壊れてしまうのだってそうだ。エントロピー: 乱雑さの好例は、3 歳くらいの子供を、オモチャがいっぱい入った部屋に閉じ込めておいて、しばらく経ってから見たら、まあほぼ確実に、はじめよりも散らかっているというあたりだろうか。この乱雑さが増大するのは、確率に関係がある。例えば、サイコロを6つ投げる。サイコロの着地点は、無限にあるといっていい。「規則正しくまっすぐ整列する」確率よりも、バラバラに、一見ランダムに、着地する確率の方が、遥かに高い。ちなみに、エントロピーが増大していくという法則を、熱力学の第二法則という。氷と熱湯を一緒にコップの中に入れれば、温いお湯になるが、温いお湯を何億年眺めていたって、元の氷とお湯には戻らない。戻すためには外から仕事をしてやる必要がある。そういう事だ。

そして、世界がなぜ「安定」な方に向かうかといえば、それは、そうでない世界、そうでない宇宙は誕生した所で、その体躯を維持できないからだ。例えばボールを投げれば、この世界では空気抵抗なりに邪魔をされて、いつかはそのボールは止まる。だが、空気抵抗が物体を加速するような宇宙があったとしたら、その投げられたボールはどんどん加速し、異常なまでの高エネルギーの物体になる。それが、投げたボールだけではなく、全ての物体にいえるのだから、まあ、そんな世界は壊れてしまうだろうと言う事が察せられる。

あ、ちなみに関数というのは、アホな文部科学省が昔変えさせた文字で、本当は函数(かんすう) と書く。函とは「ハコ」の意味で、要はブラックボックスのようなもの、という事だ。普段関数と書くからといって、別に何かに「関わる数」というわけではない。英語ではfunctionと言う。要は、何か「function:機能」を持ったハコだ。

f という関数= 函数= ハコに、2 を入れたら4 が出てきた。3 を入れたら6 が出てきた。f という関数= 函数= ハコを開けてみたら、f(x) = 2x だった、とか、そういう話だ。


 このe の定義は、(1 + 1/n)^nでn を無限大に近づけていった時の値とする事もあるし、他にも色々な定義がある。

このe の定義の一つである、(1+1/n)n というのは、少しイメージしにくいかもしれない。これは一体、どういう事だろう?

例えば、こんな情景をイメージしてほしい。あなたはA さんにお金を一万円貸した。利子は1 年間で二倍の約束。年率100% だ。(違法である!)


 



 


しかし、半年ごとに利子がほしくなったあなたは、半年で50% の利子をつける事にした。


そうすると、こうなる。



 


同じように、年4 回利子をとる。3 ヶ月で25 % にして、年8
回にして、というように利子をとるタイミングをどんどんと増やしていく。すると、「年率」は合計100% にもかかわらず、返してもらえるお金がどんどん増える。

 



 


あなたは、これはもう無限に儲かるんじゃないか!?との期待を胸に、利子を取るタイミングをどんどんと短

くしていく。毎日、毎時間、毎秒。


そして、毎秒無限回利子をとると、こうなる。どこまでも増えていくと思えた返してもらえるお金は、実は

 



e に収束するのだ!これが、e の一つの定義だ。


ちなみに、自然対数log ex と、指数関数e^xは、逆関数の関係にある。逆関数っていうのは、簡単に言えば、グラフ上でx とy を反転させたら、つまり、普段y = f(x) と書いてたのを、x = g(y) と書こうとしたらどうなるだろう、と考えた時に使う。

5:そして、再び、e^iπ = −1 へ

いきなりだけど、「テイラー展開」っていう「展開」がある。何を展開するのかっていうと、「関数」だ。関数が、単なるブラックボックスで、何か数を入れると、箱の中で働きがなにかあって、そして、また別の(たまに同じになる事もあるけれど) 数が出てくる、という話は前に少しした。じゃあ、その函の形は違うけれど、同じ機能のモノを作ってみよう!というのがテイラー展開だ。もちろん、唯一無二の「ハコ」もあって、そういうのはテイラー展開不可能な関数だ。

n = 0 → ∞まで、それぞれ順に、元の関数f のn 回微分をn の階乗で割ったものに、x のn 乗をかけたもの、がf(x) のx = 0 まわりでのテイラー展開というが、別にココは覚える必要は無い。必要になったら検索するなり、必要な分野に進むであろう人には大学でみっちり叩き込まれるなり、するはずだから。でもまあ、一応書くとしたらこれだ。

この三つの式の類似性に気づいた人は鋭い。後で見ていくように、sin θとcos θで、e^θが、表わせるのだ。

5.1:三角関数

円と深い関係にある関数といえば、三角関数だ。高校数学で習うはずだけど、ヘンな説明でワケワカランキー!数学キライキライ!!となる人も多いこの分野。大体サインとコサインどっちがどっちなのよ。加法定理?タンジェント?ふぬああ?となった人も、まあ続きを読んで欲しい。


この三角関数が円と深い関係にある、というのも、上の図のように、半径1 の「単位円」というものを使って、三角関数は定義されるからだ。原点(0, 0) で半径1 の円上の、ある角度θ(この角度も弧度法だ) で原点から引いた直線と、円周のぶつかる所のx 座標がcos θ、y 座標がsin θと定義される。

余談だけれど、この定義

でいけばsin^2 θ + cos^2 θ = 1 になるのは当たり前だ。


なぜだろうか。それは、まずは下図を見てほしい。ピタゴラスの定理(三平方の定理) から、A^2 + B^2 = C^2



になる。そして、A = cos θ, B = sin θだから、cos^2 θ + sin^2 θ = C^2となる。ここでC というのは、半径1 の

円の一つの半径だから、当然、C = 1, C^2 = 1 となる。よって、

sin^2 θ + cos^2 θ = 1 が示せた。


関数e^xと、この三角関数を、オイラーさんは「展開」した。で、e^xの、x の代わりにiθを入れてみた。実際に入れてみよう。

と見比べれば、一目瞭然だ。
cos に、sin のi 倍を足したものが、e^iθすなわち、e^iθ = cos θ + i sin θという関係があった!このθに、πを入れたものが、さっきの「e^iπ = −1」だ。sin πは0 になり、cos πは− 1 になる。余談はどこまでも続くのだけれど、虚数単位i について考えたところで、虚数の表わし方は、a + bi のようにする方法と、(r, θ) でやる方法と、二通りある事を言った。だが、これで3 通り目が見えてきた。虚数(複素数) の絶対値である、r = √(a^2+b^2)を用いて、r・e^iθとする方法だ。これを使うと、掛け算も足し算も、そのままこの形で演算していいことになる。別に詳しく触れるつもりは無いが、指数関数の積は和になり、商は差になるので、楽に計算ができる事になる。
こうして、今まで見てきたとおり、e もπも、i も、みな、言わば「神の定めた自然の数値」だ。
この3つが、こんな綺麗な関係を持っているなんて。

それは、こんなにも、美しい。




2007.04.12
石井 遼介