- なぜ授業は一番前で受けるのが良いか。

 うちのクラスは結構仲がよいやつらは仲が良くて、我々は前の方で座っていることが多い。前の方に座るにはいくつかの利点がある。大きくは

  • 授業が聞き取れる
  • 黒板が見える
  • 質問ができる

の3つである。 大学の先生とは不親切なもので、僕は先生にもっと大きな声で話をしてくれるようお願いしたこともあるくらい、声が小さいのにマイクを使わなかったりする。前の方であれば、聞き取る労力が削減できる。 黒板を見るには労力が居る。 大学では添え字や高校までからの感じでは、特殊な記号を使ったりするが、後ろの方では添え字が見えなかったり、例えば自乗しているのか三乗しているのかわからない事がある。 駿台に居た頃は結構知人・友人が居たから、授業を切っている友達や、後ろの方の席大好き!な友達の席を(駿台は指定席制なので)貸してもらったりしたものだ。 授業と言うのは畢竟、講師の喋っている内容を聞いて、文字だけでは伝えられない、伝えにくい事に一度「頭を通す」*1事が大切なのである。 さもなくば、本を買って独学し、ノートのコピーとシケプリで勉強すればよいだろうし、例えばアインシュタインなどの論文では、普通は他人の論文をふんだんに引用するところが、少しの引用とほとんどゼロからの新しい物理的世界の構築が成されているという。 少しの素材があれば全てをどうにかしてしまう天才! であったそうな。 そういうわけで、話を聞き逃しながら、黒板の小さな添え字に神経をすり減らせるのは労力の要り、かつ不毛なので、僕は前の方に座っている。 そして、三番目に挙げた利点だが、質問するというのは最も心を楽にする方法である。 間違ってるんちゃうの?と思いながら、講師の間違いを後ろの方の席から指摘すると言うのは、精神衛生上よくないだろうし、できる人、いますか? そんなわけで、一番前だと、すいません!なんていいながら手を挙げて、講師と一対一、という感じで間違いの指摘やら、質問やらができて有用である。まあ、なんかいっつも質問したり間違い指摘したりしてるのは僕ばっかりなんですが。(指摘してみたら先生が正しかった事も一度あった(苦笑))

 かくして、「授業は一番前の席に座る!」と聞くと「超真面目そう!!」に見えるものであるが、パラドキシカルにも僕は、黒板を目を凝らして写すのも、先生の話を周りの雑音に腹を立てながら頑張って聞き取るのも、はたまた、わからんところがでてきてイライラするのも、超超超面倒くさい! と思うので、今日もみんなで前の方の席を確保するわけである。 自堕落の終着駅としての一番前の席というのはなかなか皮肉が利いている。 はっきり言ってうしーろの方で、黒板モ見エズ、雑音ニモ負ケズ、ケータイをいじってるくらいなら、出欠だけとって図書館でインターネットでもしてたほうがマシだと思う。 出欠とらない講座なら、授業中遊んでるならはじめから来るな。 ケータイいじりたきゃ、他人が気づかない(=気にならない)くらいに、もっとコソコソやってくれ。

*1:本に目を通すの頭版。造語なので試験で使わないように。